―Vol.3では、2021年以降の話を聞かせてください。『紅白歌合戦』でも歌唱した「勿忘」をリリースしたのが、2021年1月。過去のインタビューを振り返ると、モリシーさんは、この曲のレコーディングをしている時期に「音楽をやめてもいいかな」と思っていたとおっしゃっているんですよね。

モリシー：そうそう。そのときはコロナがあって、僕は恵まれているほうだったからそんなに影響なかったけど、他のミュージシャンから「現場がなくなった」とか、いろんな話を聞いていると「ちょっとおかしいな」と思った瞬間もあって。緊急事態宣言で近所の飲み屋が営業できなくなって、みんなで集まれなくなっちゃったから、「何かできないのかな」と思って最初はイベント的にコーヒー屋を始めたんだよね。周りからは「飲食店？　コロナの時期に何してんの？」みたいに言われたけど、みんなが繋がれなくなって、誰かに悩みを聞いてもらうような場所もなくなっちゃうのが致命的だなと思って。それで店（MORISHIMA COFFEE STAND）を始めて、「音楽の仕事も減らしていくか」と思っていたら「勿忘」がヒットして。

PORIN：（音楽をやめようと思うと）いつも何かが起きるんだね（笑）。

モリシー：そうそう。2020年12月に店をオープンして、1月に「勿忘」をリリースしてから忙しくなって。当初は1人でやっていたから全然店を開けられなくて、妻に「どうにかするから」って、もともとやっていた仕事をやめてもらって店を任せるようになって。バタバタしてたけど、一番充実していた時期かもしれない。一気にメディアに出るようになり、慣れないカメラに囲まれるという体験をして。

PORIN：初めてのことがいっぱいだった。大人になってもこんなに「初めて」ってあるんだと思った。慣れないことが多すぎて、日々あたふたしてました。

モリシー：でもあの年齢でよかったかもね。ほどよく俯瞰もできたしね。

PORIN：そうだね。浮かれなかったのはよかったかも。いい意味で「やったー、売れたぜー！」みたいになることもなかったし。冷静でいられたかもしれない。

―Vol.1、Vol.2の話を振り返ると、「ヒットを作るぞ」という気持ちがずーっとあったうえで、音楽的に高い自由度を獲得できたタイミング、かつ、バンドとして覚悟をさらに強くしたタイミングに「勿忘」が生まれたんですね。

atagi：たまたまいろんなものが噛み合って、来たチャンスに打ち返せるものがあったんだと思います。何回も何回もチャンスがあって、そのたびにトライするものの、クリーンヒットを出せずにいたのかもしれないですけど……続けていればチャンスにかぶりつけるんだって思いました。ひとつ、よく覚えていることがあって……。

―何ですか？

atagi：マッツンのラストライブに、父親と母親が地方から東京まで来たんですよ。せっかく遠方から来てくれたし、ライブが終わったあと一緒にご飯を食べたんですけど、そのときに「残念な結果になったけど」「これからACCはどうなるんだろうね」みたいな話になって。僕も「いやいや終わってないし」ってムキになったところもあると思うんですけど、そのときに「いや、このバンドで『紅白』に出ようと思ってて」って言ったんですよ。なんでそんなことがポロって出たのかはわからないんですけど、多分、潜在的にずっと思っていることだったんだろうなって。父親には鼻で笑われて、「この人、本気だとは思ってないんやな」って思ったんですけど（笑）。『紅白』に出たいだなんて、ミュージシャンとして言うのは勇気がいるし、そのときにそう言えたことで自分の中ではっきりした部分があって。「ああ、『紅白』に出たかったんや」って、自分でも気づいたというか。

―2021年は、曲はもちろん、たとえばSNSの投稿1つとっても、「大ヒットへと育てていくぞ」「『紅白』に出るぞ」というチームの強い想いが結実しているように見えてました。

atagi：めちゃくちゃ運も絡んだし、ラッキーな部分もたくさんあったと思うけど、チームで勝ち取った勝利だなという感じはしましたね。

PORIN：チーム全体が「どんな小さいチャンスも取りこぼさずにいくぞ」という感じで、その相乗効果でああなっていったんだなと思います。

―実際「勿忘」が完成したとき、「これは強い曲だぞ」みたいな実感はありました？

atagi：ありましたね。「他の曲と比べて」とかではないですけど、「名曲ができましたね」みたいなやりとりをしたことは覚えてます。

PORIN：私はめちゃくちゃありました。歌ってて泣きそうになりましたもん。不思議だったなあ。めちゃくちゃ好きな曲だし、手応えがすごかったですね。

atagi：早耳の人ってここまで早いんだなって思ったのは、「勿忘」をリリースする前、ティザーCM（※映画の予告映像）が公開された当日に、CMの音源を聴いてカバーを上げている人がいたんですよ。その瞬間に「あ、なんかやばいかも」みたいな感じはしましたね。

PORIN：リリース前なのにこんなに盛り上がるんだ、って思いました。そのあとのTikTokの動きとかもすごかったです。

atagi：でもその瞬間から僕は「次、どうしよう？」みたいな。次はどんな曲を書けばいいのだろう、という不安も膨らんでいきましたけど。

―でも『紅白』が終わったあとにインタビューさせてもらった際、atagiさんが「これで一生音楽をやっていいんだって思えた」とおっしゃっていたのがすごく印象に残っているんですよね。

atagi：「これでもう少し音楽を続けられる」という安堵感が強くて。「勿忘」のデモを作ったときも、事務所の人が帰ってから夜な夜な事務所に出入りして作業していたので、「これでようやく僕も音楽ができる部屋に引っ越せるかもしれない」と。当時はそんなレベルだったんですよ。だから「この曲に救われた」「音楽やってていいんだ」という感じでした。長年僕らの課題だった「ACCって何？」と聞かれたときに「ほらあの曲の」って言ってもらえるような、名刺代わりの1曲ができたことはすごく幸せかもなと思います。

PORIN：「勿忘」、すごく好きな曲なので。それで売れることができたのはアーティストとして超幸せですよね。一生好きな曲でいられると思う。

―2021年11月からは6曲連続リリースして、その曲たちと新曲が収録されたアルバム『Get Set』を2022年3月にリリースしています。それらの曲は、「勿忘」で忙しくなる前に作りためていたものではなく、バタバタな日々の中で作ったもの？

atagi：そうだったと思います。大変でしたね（笑）。コロナ禍って、あまり大仰なことを言いたくないし聴きたくもなくて。自分もそうだったし、みんなもそういうことに対してセンシティブになっていた時期だったと思うんです。だからわりとフォーキーなものだったり、近くで鳴っている感じのする声やメッセージのほうが受け入れられていたと思うんですけど、『Get Set』を出す頃は、いよいよ世の中も「そろそろワイワイしたいな」みたいな気配が出てきた感じだったんじゃないかな。

―さっきおっしゃったように「『勿忘』のあとに何を書こう？」という悩みとの戦いもありました？

atagi：そうですね。でも「勿忘」を作った自分たちも、本当の姿で。ただ、たとえば初期の頃のACCが好きな人は違うACC像を持っていたりするし、今まで自分たちが作りためてきた側面はなくさず、いろんな曲を書きたいなと思ってました。「こういう曲も好きだしな、ああいう曲も好きだしな」みたいな感じで、いろんなバリエーションを作るようにしてましたかね。結局、考えてもわかんないので（笑）。考え出すと手が止まっちゃっていただろうし、あの頃に無理してでも出してよかったんじゃないかなって感じはします。

―多忙だったからこそ、筆が進んだところもある？

atagi：ないです！　筆が進んだことなんて一度もないです！（笑）

―（笑）。

atagi：アレンジャーさんとタッグを組んでやらせてもらったからこそ、たくさん曲を作れたのかなという感じはします。そうじゃないと100％無理ですね。僕らのことだけじゃなくて、メジャーのリリースペースの早さについてはよく話題に上がると思うんですけど、あれって、自分らにとってのアレンジャーさんのような、作品作りに協力してくださる方があってこそ成り立つものかもしれないですよね。

―2023年は「Talkin’ Talkin’」「アイオライト」の2曲のみのリリースで、ツアーもやってないんですよね。PORINさんはテレビ番組『ドーナツトーク』に毎週出演し、モリシーさんはimaseさんはじめサポートが増えた時期でした。

PORIN：個人の動きが多かった年かもしれないですね。

atagi：ここらへんで一回息切れしましたね。僕に関して言うと、いよいよこのタイミングで曲が書けなくなって。筆が進まないなりに色々書いていたんですけど、本当に「ああやべえ、もうネタが切れた」みたいになった瞬間があって。一度立ち返って、自分たちはどういうものを作れるのだろうとか、いろんな可能性を考えていた時期でした。歌詞サイトに載ってる曲だけで80曲以上あって、まあそこまで出したらもう出てこないよなって。曲を作っていても「前のあの曲のテイストになるな」みたいなことを思ったりして、それがよぎった時点で曲としてあまりよくないと思うし。積み上げてきたものが多いのはすごく素晴らしいことなんだけど、だからこそ次の一手が浮かぶのになかなか時間がかかる、ということになっているのかなって思いますね。

―それはatagiさんの中で脱出できたものではなく、今も続いているということなんですか？

atagi：今もですね。多分、続ける以上はずっとそうなんでしょうね。「何かのきっかけで打ち勝てる」とかそういうものでもない気がするし、ある種の業と言いますか、自分たちの過去の曲に苦しめられるというのはずっとあるのだろうなと思います。きっと他のミュージシャンも、キャリアが長くてたくさん曲書いてる人ほど、そうなんじゃないですかね。

―でも新曲「STEP !」を聴かせていただいて、さすがのクオリティだなと思いましたよ。

atagi：嬉しいなあ。今年はいっぱい曲を書かなきゃいけないので、そう言ってもらえるだけで救われた感じがします。今はもっと本能的というか、「こういう曲調はまだやったことないから出しておきたい」とか、とにかく単純な思考に立ち返っている気がしますね。自分本位にやらせてもらっているかもしれないです。

PORIN：大変そうだけど、これまでの追われてるアタさん（atagi）とは違う感じがします。すごくポジティブに曲を作ってるんだろうなって、はたから見ていると思います。

―atagiさんが書きたい曲を、ファンは聴きたいと思っているんじゃないかなと思います。Vol.1からここまで語ってくれたように、いろんなことがあった10年を経て、最近のACCはどういうモードですか？

PORIN：平和ですね。「結果を出さなきゃ」とか、バンド内の関係が殺伐としていた時期もあったけど、今は本当の意味で家族っぽくなっていると思います。居心地がいいし、心の繋がりを感じられるなって。普段遊んだりはしないし、最低限の会話しかしないけど、心で繋がってる感じがします。

atagi：そりゃそうやで。だって親の次くらいに付き合いが長いんじゃない？

PORIN：そうねえ。親より会ってるからね。目に見えないところで繋がってる感じがする。

atagi：家族のことを好き嫌いとかで考えないじゃないですか。それに近いかも。

―モリシーさんは最近どういうモードですか？

モリシー：最近、すげえ重要なことに気づいて。このインタビューで「何も考えてなかった」って何度か言ったけど、ネガティブな意味じゃなくて、なんで音楽をやりたいかと思ったのかというと「働きたくないから」「他にやりたいことがないから」だったことを思い出したんですよ。「特に目標はなかったよな」と思うと、逆にスカッとしたというか、気が楽になって、音楽の仕事が楽しくなった部分もあるし、別に何をしてもいいなという気持ちにもなりました。今は音楽と店をやっていて、非常にいい状態ではあるなと思います。相変わらず「音楽やめようかな」ってしょっちゅう考えているけど、それはいつものことで、多分、死ぬ間際までそう言ってると思う（笑）。

PORIN：やめたいやめたいって言ってる人ほど、やめないんだよ。

モリシー：そうなんだよね。うちの親父も、やめたいやめたいって言ってて、ずっと働き続けてたし。血は争えんなあと思う。

―最後に、10周年イヤーをどう過ごしたいと思っているのかを、これを読んでいる人に向けて一人ずつ語ってもらって終わろうと思います。

PORIN：一刻一刻を楽しみたいですね。こうやってインタビューしていただいて思ったのは、本当にいろんな人にお世話になったということ。その人たちへの感謝を込めながら、応援してくれるみなさんとともに盛り上げていけたらなと思います。

モリシー：10周年はめでたいし華やかだけど、あまり気張らず、普段と変わらないようにやりたいなと。見ている人にも普段通りに楽しんでもらいたい。10周年を迎えられたのは間違いなくスタッフのみなさんと、何より見てくれる人たちがいたからこそなので、感謝しつつも、「お互い気張らずに行きましょうよ」という感じかな。

atagi：「周年」って、何かにかこつけて酒を飲むのと一緒で（笑）。でもそれが大事かなって思うんですよね。集まりたいがためにかこつけて「10周年」って言ってみた感じで、「しばらくACCのライブに行ってなかったけど行ってみようかな」「何年か聴いてなかったけど、最近はどんな音楽をやってるのかな」とか、そういうふうに思ってもらえるひとつのきっかけになれば嬉しいです。メンバーの役割はいい曲を作って楽しいライブをすることで、主役はバンドというよりもACCに関わるみんなだと思っていて。お祝いしてもらうのは嬉しいですけど、逆に僕もお客さんのことをお祝いしたいし、祝う祝われるの関係性がないまぜのお祭りになればいいなと思ってます。

―『Get Set』以来、4年ぶりのアルバムリリースも楽しみにしていますね。

atagi：4年ぶり！……そんなに経ちますか。鋭意制作中です。頑張って作ります！

取材・分 / 矢島由佳子
写真 / domu

―ここからは、2018年から2020年までを振り返りたいと思います。

PORIN：私はこの時期が一番しんどかったかもしれない。「このあとどうしていく？」みたいな話し合いも散々したし、メンバーそれぞれの向いている方向がバラバラになっちゃうタイミングもあったし。人生のこととか、コアな部分の話し合いが多かったなと思います。

atagi：レーベルを移籍するかどうかということから、先のビジョンについてみんなで話すんですけど、足並みを揃えなきゃいけないタイミングなのにみんなの言うことがバラバラで。「これまでのようにメジャーシーンでヒットを目指して、みんなで幸せになりたい」というビジョンを持つ人もいれば、「あえてインディペンデントに立ち返って全部自分たちの手でやろう。それでもマネタイズはできるから」みたいな意見も出たり。みんな前向きではあるんですけど、見ている方向がバラバラで、もう大変でしたね。みんな後悔したくないから自分の想いをぶつけ合って、それで心が摩耗していくところはあったかもしれないです。

―atagiさんはどういう方向を見ていたんですか？

atagi：ちゃんとメジャーシーンで活躍できる人間になりたいって言っていたと思います。自分の今後のキャリアを考えていたところもあったと思うし、「知る人ぞ知る」みたいな形で地位を確立してマネタイズしているバンドもすごくかっこいいし憧れるけど、Awesome City Clubでそういうことをやっているのが自分はあまり想像つかないなと思っていた気がします。

―その頃、モリシーさんはどこを見ていました？

モリシー：「みんな好きにやれば？」みたいな感じかな。そこは当時から今もあまり変わってないと思うんだけど。

atagi：唯一、意見がない派だったかもしれないね。「絶対こうじゃなきゃ」みたいな意見はなかったと思う。

モリシー：なかったかなあ。みんなが楽しくないのはよくないわけで。かと言って、どうしたらいいかもわからんし。「どうしたもんかね」って言ってた段階だと思う。その頃からDAOKOちゃんや須田景凪くんのサポートをやり始めたから、ミュージシャンとしての腕がめちゃめちゃ上がった時期ではありました。ホールとかの大舞台に立ち始めたのがそれくらいの時期で、何もわからず必死に楽器を弾いて、スポンジのようにどんどん吸収してた。ACCと須田くんのツアーが重なって、DAOKOちゃんのフェスもあって、みたいな感じもあったし、とにかく必死にやってたかな。楽しかったけど、心のどこかで「何してんだろう」っていう自分もいたし。

PORIN：モリシーって、常にそういう自分がいるイメージなんだよね。

モリシー：今でも「何してんだろう」っていうのはあるんだけど。その頃は今よりも明確ではなかったかも。とりあえず与えられたことをこなして、流れに身を任せながらやっていくしか方法がわからなかったんだと思う。「自我がないな」と思った時もあっただろうし、「自我はないんだろうな」とも思っていたし。

―PORINさんはその頃どこを見ていたんですか？

PORIN：私は、そこからまたインディペンデントでやっていくことが想像できなくて。下積みがない状態でメジャーでやらせてもらって、そのあとまたインディペンデントに戻るのは難しそうだなと思いつつ、でもそれができなければバンドをやめたいというメンバーもいたから……すごく葛藤がありました。

atagi：その頃から、(PORINが)ソロもやることを視野に入れてるって言ってた。レーベルの移籍先をavexに決めたのも、そういう部分があったんじゃなかったかな。

モリシー：その頃から「yarden」（PORINがディレクターを務めるアパレルブランド）も始めてたよね。

―yardenが立ち上がったのは2018年9月ですね。「インディペンデントでやらないならバンドをやめたい」と言ったメンバーは、もしかしてマツザカさん……？

PORIN：そうです。

atagi：初めて公開する話（笑）。ここが確実に、PORINのルートとマッツンのルートがわかたれた分岐点でもありますね。

PORIN：そうですねえ……しんどかったですね、その二択は。

―avexに移籍を決めた時にはソロ・Piiをやりたいという気持ちがあったということですよね。それは、どういった想いからですか？

PORIN：それこそ自我がわからなくなってきていたので、「自分を取り戻したい」という気持ちもあったと思います。何のために音楽をやっているのかを探す旅をしたい、というか。

―楽曲制作面の話をすると、2018年3月にリリースしたEP『TORSO』からatagiさんが歌詞を書く割合が増えましたよね。

atagi：そうですね。よりインディペンデントなものやカルチャー色の強いものを作りたいマッツンと、オーバーグラウンドなものを作りたい自分と、上手く掛け合わせられないことも増えてきて。僕が曲を作ってマッツンが歌詞を乗せようとした時に、マッツンが「書けない」ってなる時期もその少し前にあったりして。自分もそんなに筆が早い方ではないんですけど、歌詞まで書けるものはグイグイ書くようになりました。自分はみんなが歌える曲で、その中で「ここに気づいてもらえたら嬉しいな」みたいなスパイスが効いてるくらいのものを作りたかったんですけど……そのスパイスの効きどころが、マッツンと自分ではポイントが違ったのかなという感じがします。

―翌年2019年は、リリースがひとつもなかった年ですね。

atagi：avexに移籍するにあたっての、準備期間みたいな感じでした。

PORIN：契約（レコード会社間の協定）上、1年くらい出せなかったんだよね。今のマネージャーが入ったのも2019年7月で、そのあたりから今のチームになりました。

―2019年には今のスタッフも、さらには映画『花束みたいな恋をした』の脚本家・坂元裕二さんとの出会いもあって、いい転機の1年だったんですね。その一方で、マツザカさんの脱退もあったけれども。

PORIN：たしかに、人間関係が一気に入れ替わった感じはありました。マッツンのラストライブに坂元裕二さんをお誘いして、そこで初めてお会いさせていただいたんですよね。そのあとご飯に行かせてもらって、映画のオファーをいただいて。いい出会いがたくさんあった年でした。

atagi：その出会いの前にとんでもない痛みがあって、自分たちの中から抜け落ちたものが大きかった分、そういう巡り合わせがあったのかもしれないですね。

―手放せば新しいものが入ってくる、というのが人生ですよね。でも、そのあと順風満帆にいくわけでもなく……2020年1月から『アンビバレンス』『ブルージー』『バイタルサイン』と立て続けにシングル3曲をリリースして、「ここから再出発だ」と意気込んでいた時にコロナが襲ってくるという。4月発売予定だったアルバム『Grow apart』のリリースも7月に延期して、ツアーも中止・延期になって。

atagi：でも実は、コロナからそんなに大変な影響は受けてなかったかもしれないです。ライブができないから、みんなが家で演奏した素材を集めて映像を作って投稿したり、そういうことはどのバンドもやっていたと思うんですけど。

PORIN：何かしなきゃってなってたよね。事務所やavexの協力があって、大所帯のバンドを組んでライブ配信をやることもできて、それはすごくありがたかったです。

―2020年8月には、ユキエさんの脱退もありました。それについて、今振り返って思うことはありますか？

atagi：その時によくわかったんですけど……一緒に活動を続けるために必要なことって、同じ目線を向いているとか、同じビジョンを持っているとか、そういうことも大事なんですけど、何より対等であり続けなければいけない。ユキエちゃんは人間的にも気を遣ってくれる人だし、色々心労をかけただろうなと思います。ドラムプレイにしても、僕が「もっとこうしたい、ああしたい」ということに対して答えてくれようとするけど、なかなか表現が上手くいかなかったりして、「どうしようね」みたいなもやり取りしましたし。……言葉にするのが難しいんですけど、好きとか嫌いとかとはまた違うところで別れをしたなと思います。なんならもっとケンカ別れとかの方がわかりやすくてスッキリするのになと思うくらい、自分的にはしんどかったですね。

モリシー：リアルですね。俺がメンバーの中で一番身の上話をできていたのはユキエちゃんだったから寂しい部分もありつつ、彼女は彼女でやりたいことがあったし、そこに向けて頑張れよって。もともと歌いたいと言ってて、今はちゃんと歌をやっているからよかったなと思います。だから残念だなと思いつつも、道が開けたんだからよかったんじゃないって言った記憶がある。やっぱり人間、やりたいことをやらないとダメですから。

PORIN：私は……あまり思い出したくないところもあって、今でも蓋をしている部分がたくさんあるんですけど。ユキエちゃんが望むように輝く場所をACCでは作ってあげられなかったと思うし、モリシーが言ったように自分のやりたいことをやってほしいけど、ACCの活動の中ではそれを我慢している感じも伝わってきていたので、今輝いていることにはよかったなって思います。その決断をしたからには、バンドとしてより一層結果を出さなきゃいけないなっていう覚悟にも繋がりましたね。

―制作面でいうと、2020年からプロデューサーやアレンジャーを積極的に入れ始めるという変化もありました。

atagi：そうですね。バンドサウンドの縛りがいよいよなくなって、楽器の制限もなく、ドラムやベースを生で録ることにこだわる必要もなく、どんなことでもできるし、どんなことでも吸収できるなと。他の人に息吹を入れてもらって、それまでとはまた違う楽曲の広がりを見せることができたかなと思います。

―そういった覚悟と制作面での変化が「勿忘」の大ヒットに繋がっていくのですが……続きはVol.3で！

取材・分 / 矢島由佳子
写真 / domu

―今回はAwesome City Club（以下、ACC）の10年を振り返ろうというアニバーサリー企画です。まず、結成当時のことは覚えていますか？　マツザカタクミさん（元ベース。2019年8月に脱退）がatagiさんを誘ったのが、2012年12月28日ですね。

atagi：前のバンド（キングヌラリヒョン）をやめて、ひとりで弾き語りのライブをしていた時期でした。マッツン（マツザカ）とはバイト先（スタジオファミリア渋谷店。2022年に閉店）が一緒で、「部活みたいなノリでいいからさ」みたいに口説かれて。でも「ベースの弦を変えたことない」「これは何の音か知らない」とか言ってたから、最初は誘いをいなしていたんです（笑）。ただ話していくうちに、自分がやりたい音楽像と、マッツンが言っている音楽像はそんなに遠くないなと思って。2人とも前のバンドではエモーショナルで刹那的なうるさい音楽をやっていて、それにはもう食傷気味だったので、より音楽的と感じられるものをやりたいという共通認識があったんでしょうね。バンドがデビューする年齢からは逸したと勝手に思っていたこともあって、好きなことをやりたいなっていう感じでした。

―そのあと、モリシーさんが加入します。モリシーさんは当時何をやっていたんですか？

モリシー：当時はthattaというバンドをやったり、PENPALSの林（宗應）さんがやっているバンドのレコーディングを手伝ったり、映画の劇伴を作ったり、色々やってましたね。マツザカから、たしか「レコーディングを手伝ってほしい」って言われたんだっけな。それでいいよって言ってスタジオに行ったら、「あれ、俺ギター弾くの？」みたいな感じで、気づいたら結成してた（笑）。

PORIN：thattaでイギリスに行ってたよね？　一番忙しそうだった。

モリシー：メジャーデビューの話が出ている時に、イギリスツアーに行ったね。俺、ぶっちゃけイギリスに移住しようと思っていて。当時は日本がそんなに好きじゃなくて、違うところに行きたいと思って――今は日本が大好きなんだけど――ツアー中に友達もできたし、イギリスに移住しようと思ってた。それなのにデビューの話をもらったから、どうしようと思って。レコード会社に勤めている友人から「メジャーデビューなんて、人生で何回もできるもんじゃないからやってみれば」と言ってもらって、「じゃあやってみるわ」って言ったのかな。

―そしてPORINさんは、半年ほどサポートをやって、2014年4月に正式加入されています。

PORIN：メンバーと出会ったきっかけは、アルバイトでスタジオに行ったら、すでに4人でACCが結成されていたことでした。最初は「“Children”のビデオに出てくれない？」って言われて。そのあと新代田FEVERで初ライブが決まっていて、時間もない中で「何もしなくていいから」「ステージにいるだけでいいから」って言われて、「それなら私でもやれるかな」みたいな感じで始まったんですよ。私は、ひとりで音楽活動をやったあとに、fewtonというバンドでボーカルをやっていたんですけど、人間関係がぐちゃぐちゃになっちゃって「バンドってしんどいな」と思っていて。でもマッツンの話を聞いて、「ACCは楽しそうだな」ってワクワクしたので加入しました。

―2013年9月には、“愛ゆえに深度深い”と“Children”をSoundCloudに公開しています。私は2015年のメジャーデビューからずっとACCを取材させてもらっていましたが、初めてACCの曲をSoundCloudで聴いたのが2014年6月で、翌月に渋谷O-nestで初めてライブを観ているんですよね。当時、音楽好きのあいだでかなり話題になっていましたよね？

atagi：CDを売るのはまだずっと先でいいと思っていたんですけど、自分たちの音楽が広まってほしいから、曲をCDに焼いてDJさんや発信力のあるミュージックラバーの方たちにお渡ししていて、そういうところからクラブでかけてくれたりしていましたね。

PORIN：当時のクラブシーンでたくさん流れていた気がします。そこから誰でも聴けるように、SoundCloudに上げてました。デビューする前、いろんなレーベルの方たちがライブを観に来てくれて、手を挙げてくれる人がいっぱいいたもんね。

―今は気になったらすぐに配信サービスで聴けるけど、当時はまだSpotifyとかもない時代で、「誰でも聴きたい時に聴ける状態にしておきたい」という発想は画期的でしたよね。

atagi：それぞれがもともとバンドをやっていた中で、もちろん楽しいこともあったけど、集客面ではすごく非効率なことをしていたよねという話をしていて。当時は「曲は売り物だから、無料では聴かせられない」というのが主流だったと思うんですけど、きっとそういう時代は終わるし、まったく違う体制でやっていきたいねというところから、僕たちは曲を広告に使うイメージでした。

―完全に時代を先取っていましたね。そして2015年4月に『Awesome City Tracks』でメジャーデビューして、そこから「架空の街Awesome Cityのサウンドトラック」をコンセプトにしたアルバムを約半年に１枚のペースで計4枚出すという。こうやって振り返ると、ものすごいペースで活動していましたよね。デビュー1、2年目は、どんな思い出がありますか？

atagi：正直、組んで半年後くらいにはデビューの話が来ていたので、バンドとしての素地がないまま、とんとん拍子に話が進んでいる状態で。ワクワクする気持ちもあったけど、いきなり大変だったなっていう思い出がありますね。でもいい経験だったなと思います。多分、今後の人生でもうあんな感情になることはないだろうなと思う。楽しいけどしんどいし、しんどいけど無限に見えないものが広がっていて、ワクワクも不安もある、みたいな感じでした。

PORIN：始まったばかりのプロジェクトで、話題にもなっていたし、夢見ながらワクワクしていたと思います。まだ無知なところが多いからこそ楽しんでいた気がする。特に1年目は、まだ現実に直面する手前という感じだったかな。

モリシー：バタバタしてたなあ。thattaはやめて、デビューと同時に「バイトはやめなさい」ということでバイトもやめて、ずっと酒を飲んでいた記憶しかないんだよな（笑）。きっと先行きが不安だったんだろうな。当時のことを冷静に振り返ると、自分の中で「こうなりたい」とかも特になく、そんなに考えられてないままやっていて。でも金はないし、みたいな。そういう不安が全部、酒に先にいってたところはある。とりあえず事務所からもらった給料は全部酒に使ってた。

atagi：お金なかったねえ。アルバイトもできないし、印税もまだ入ってこないし。地獄だった。

PORIN：本当に貧乏だった！　一番過酷だったよね。給料も最初は少なかったしね。

atagi：まあでもデビューして給料をもらえるなんて、あまりないけどね。当時でいえば破格なくらい高かったんですよ。

モリシー：全然よかった。ただ俺が計算できなかっただけ。

―しかもメンバー5人分を毎月払うとなると……どれだけ会社がACCに投資をしてくれていたのか、という想像が膨らみますね。メディアの立場から見ても「期待の新人がデビュー」みたいな感じがすごくあったし、事務所やレコード会社から、相当大きな期待を背負っていたと思うんです。

atagi：そうですね。「自分で言うなよ」って感じですけど、鳴り物入り感があったと思うんですよね。

―2017年には『Awesome City Tracks4』、『Awesome City Club BEST』がリリースされますが、atagiさん、この頃はどんな時期だったか覚えてますか？

atagi：はい。ACCをやっていた中で、一番つらかった時期かもしれないですね。

―そう、当時のインタビューを振り返ると「バンドをやめようとしていた」「やばかった」とおっしゃっているんですよね。

atagi：やばかったです。なんて言うんですかね……僕らは民主主義で動いているから、ああでもないこうでもないって、即断即決ができないままケンカするんですよ。クリエイティブの面でもそうで、そのうち「結局どんな曲がやりたかったんだっけ」って、どんどん墓穴を掘ってわからなくなってしまう状況で。それで曲が書けなくなり、寝られなくなり……やばかったですね。その状況を見兼ねてスタッフがミーティングを設けてくれるんですけど、そのミーティングでも半ば言い合いになることがあり。一番まとまりがなかったような気もするし、さっきの話に戻るけど、素地がないままデビューしたことのツケが回ってきただけなんだろうなと思っていて。他のバンドが5年とかかけて固めていく大事な根っこの部分が、僕たちはまだわかってなくて困っていただけなんだろうなと思います。

PORIN：「ACCはどんなバンドなんだろう」みたいな話し合いをひたすらやっていた気がする。事務所で十何時間とかやってたよね。

atagi：答えが欲しいというよりは、見つめ直すためだったとは思うんですけど。あとは、覚悟の話で。自分たちがやってて気持ちよかったり、「気持ちいいね」と言ってもらえることで満たされたりするような音楽で満足していたんですけど、いざメジャーデビューして、みんなに愛される曲や流行歌を作る、いわゆる「ヒットを出す」という命題があった時に、どうしていいのかがまったくわからなくて。「本当にそういうことがやりたいんだっけ？」から始まって、「でも今この立場にいるということは結果を求めなきゃいけないんだ」と思ったり、そういう意味で、自分の中でグジュグジュしていたというか。

PORIN：遊びの延長で始まったバンドなはずなのに結果を出すことが一番の目標になって、それに追いつけてなかった。そういったところもメンバー間で個人差があったと思うんですけど。モリシーも悩んでいる時期があったよね。

モリシー：その辺で「やめる」って言った気がする。寝る間も惜しんでスタジオに入ったり、慣れてない遠征に行ったり、「俺は一体何をしているんだろうか」みたいな気持ちからきたものだったとは思うんだけど。忙しくて単純に疲れちゃっていたんだと思う。その時はその時で、相変わらず不安だっただろうし。でも“ASAYAKE”ができて、それがリードシングルになって、自分が作った曲だからメディアに出なきゃいけなくて、やめられなかった（笑）。その年に結婚したのかな。

PORIN：すごい覚悟ある決断だなと思ったもん！　悩んでいたのも知ってたし、よくそこで結婚したなと思った。びっくりした覚えがある。

モリシー：ね、全然金なかったのにね（笑）。

―会社から期待を背負ってデビューして、投資もされていたからこそ、短期間で結果を出すことを求められる立場にいて。そういった状況は、バンドにとって幸せな側面もあるとは思うけど、大変ですよね。

atagi：実際、そう言われてましたからね。お給料も破格だけど「その分ヒットが出なければ終わりだから」「2年あげる」みたいな。その2年間はおおわらわですよ。

モリシー：大人になったら、それって当たり前のことだなとは思うんだけどね。当時は若かったから。

―最初の事務所との契約は、実際2年で終わったんでしたっけ？

atagi：結局3年いたのかな。2018年に「ここまで」となって、「ありがとうございます」という感じで退所しました。ただ思うのは……大人になってしまった分、もう絶対にあんなにぶつかり合いながらもの作りはできないと思うんです。あの頃は大変でしたけど、今冷静に考えると、ぶつかり合いながらでしかできない作品のよさもあったなって思います。ギラギラしていたなって感じがする。

PORIN：全員がメラメラしてたよね。スタッフさん含めて、全員の気合いがすごかった。

Awesome City Club 10周年記念インタビュー　第2弾へ続く！

取材・分 / 矢島由佳子
写真 / domu